江戸時代に禁止されたから…
薙刀も制限された
基本武士の戦いは弓とか使った遠距離戦がもともとの基本
私たちの物造りの精神は朝センから伝わったとされています
ありがとう韓国
これはおもしろい
世界最大のマスケット銃保有国だった日本がこんなふうに思われてたとは
なんつうかサムライを美化してるってのもあるけど
有色人種をバカにしてるってのもあるだろ
白人以外奴隷ばっかだった時代にあいつらに最先端の銃なんて扱える訳無いって
最初の2丁を吹っかけて大儲け出来たんでボッたくってやろうって
次の航海で山ほど買い付けてきたら日本人は量産してたって話と共に
世界に広めていかなきゃならんねぇ…
相変わらず無知蒙昧だなヴァカ害人
武士は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候
戦国時代ならこれがすべての答えでしょ
新渡戸稲造の『武士道』が有名だけど
その時点で美化された情報が植え付けられる訳で…
真田広之が言ってたな
銃は下っ端に持たせる武具であって
大山祇神社なんかに刀や甲冑はすごい沢山奉納されてるけど、銃はあんまなかったと思う
一部の例外はあるけど
基本的に火縄銃は足軽で運用していたから
槍や刀や弓の方が名誉があったことは確かだろ
アイツらは鎧を着ていれば全部"サムライ"なのな
外国人がそんな幻想を抱いていたとは知らなかった
ジェダイみたいに刀で弾丸を跳ね返せたら良かったんだけどねえw
侍が銃を使うなんて信じられない、なんて言う日本史知識量の外国人が「弥助は真の侍だ!」って吹聴してたらウケるな
大阪の陣で鉄砲隊を任せられた武士が鉄砲なんて情けないと嘆いたという話があるから、ちゃんとした武士が鉄砲なんて使うものじゃないという感覚はあったようだ。
戦国時代でも、女鉄砲隊が活躍した例がある。
伊達政宗の妻田村御前は鉄砲を巧みに操ったと記録されてる。
立花道雪の娘・誾千代は、腰元女中50人くらいで鉄砲隊を組織し、戦初めに一斉射撃していたという記録がある。
池田恒興の長女(後に森長可の妻)は200人の女鉄砲隊を率いていて、池田軍が岐阜城を攻めた時に先手として鉄砲を撃ちかけたという
「崇礼門・・・南大門、「伝統鉄器で復元」はウソだった」
「文化財庁責任者、著書で「まねをしただけ」
私達哀れな韓国人は自分達で放火をして焼失をさせた「韓国国宝第一号・南大門」の修復工事でも、持ってもいない「伝統技術」を詐称をする「偽名匠」が平気で登場をして来て、大恥をかくなど、神日本兄さんにはとても見せられない醜態の数々ばかりで本当に恥ずかしいです
まあ日本人じゃなきゃ余程興味無いと知らないわな
日本人の大半も他国のステレオタイプの実態に詳しく無いのと同じで
名誉なんて上層部が求めるもので
現場はいつの時代もリアリストのほうが多いと思う
戦国時代に騎馬隊、騎兵隊みたい集団運用はなかったと知ったらガッカリするかな
接近戦なんてリーチの限界があるんだから飛び道具の方が有利に決まっているじゃん
見た目や誇りなんて命のやり取りが始まれば一番最初に切り捨てる存在だよ
日本は当時のヨーロッパ諸国よりよほど鉄砲を装備をしていたからなぁ
遠距離戦も接近戦も当時の世界の中でもかなり強かった
伝わった火縄銃は鋳造だったんだけど、日本は鍛造にする事で強度を増して威力を強くした。更にバネを使って火縄による着火を速くする事で狙撃精度が増した。
はーいステレオたーいぷサヨナラ
【14698】
>ネジの話が無い
さあ、行くわよ、ネジ
日本人が知らない「サムライ」がいますね・・・
戦国時代なんてロマン追い求めてないから
あくまで効率だから
美化っていうか、勝手にイメージ膨らましてる感じ?
侍ってただの武官よ?、世界中どこにでも居る。
日本の武官が武士・侍ってだけ。
戦力の為、勝つ為の最善解を採用するに決まってるじゃん。
ただ同時に、外国人が思うよりもずっと、武士の魂として象徴となった刀はただ切り合う武器のような軽い存在ではないのも確かだろ。
なんで外人って武士が戦国時代に急に現れたと思ってるんだろうな?
鉄砲伝来以前の長い戦乱の時代を無視しすぎだろ。室町鎌倉どこいったよ。
あっちの人のイメージは映画とかで描かれる江戸時代の御前試合とかのイメージじゃないのかな
ガチの合戦の時は、当時のあらゆる使える武器を使って戦っていたんだよ
忍者がニンジャみたいに
侍じゃなくてサムライと言うファンタジーなんだろうね
ていうかガイジンがサムライ言って喜んでる甲冑の雑兵はほとんどは普段ただの農民だ
日本の銃に関して、世界の歴史でも類をみないのは一旦はそこまで広まって浸透したのにその後ほぼ完全に放棄された点