山頂に登頂の証を残していったんだな。千年後に見つけてもらえて良かったやん。現代人驚愕しとるで笑
背の高い山に鉄杭をしるして私たち気脈を離れさせようという日帝の悪巧みに違いありません(ブルブル・・・・・
>測量隊の誠実さに拍手を送りたい。
>彼らは史上初の完登者になるために、その剣について口外しないことだって選べただろう。あるいは山の麓で見つけたと言うことも出来た。
>それでも正直に話したんだ。
なるほど、その発想は無かったわ
おそらく自分も「こんなんありました!」
って普通に言っちゃうと思う
まだまだ穢れが足りない(´•ω•` )
平安時代は温かかった
故に壁や扉が少ない寝殿造りなのだよ
温暖化と騒ぐあほにも伝えてあげよう
それっぽい記録とか伝承とか地元になかったんかな
とある僧が劔岳の山頂に人食いの物の怪を封じた…とか
まあなんにしてもロマンのある話だな
山頂にぶっ刺してから降りたから、そこに残ってたんだろうね
後世にここまで来てたよってしるし
苦労して月面着陸したら実は先客がいたことが判明、みたいなショックだろうな。
新田次郎の『劒岳 点の記』面白いよ
今回はほとんどのコメントがスベってるなw
◼️発見された剣は単なる忘れ物なのか
それとも何か意図があるのか...。
そうか、山頂に剣と錫杖と聞いたら即座に
「ああ、修験者が奉納したんだな」って思うのは日本の山岳信仰ありきの発想だったんだな
記念碑的な意味が無いわけじゃないんだろうけど
主目的は人の偉業を記録するってより、
自然の威容とか神仏への祈念・拝み奉るがメインだろうと解るし
冒険家の自己主張とか、生活者が何の気なしに捨てて行ったとは思わないもんな
日光の男体山とかにもあるよね>山頂に剣
温泉行くばっかりで一度も上まで登った事無いけどw
映画で知った。
錫杖についても良いエピソードだと思ったが、同じぐらい印象に残ったのが
測量のための登頂で、むっちゃ重そうな石碑と測量道具を背負って
「どこに足場が?」というような道をたどって
何度も何度も周辺の山々の頂に登頂する姿を見て
「本当に、お疲れ様です!!」と感謝。
こういう努力で地図が作られたんだなぁと。
剣岳を測量した結果
頂上標高が海抜2999mと分かった時の測量屋さんの気持ちを知りたい。
「あと1mだったのに・・・!」だったとは思う。
元から下山するつもりの無い片道切符の登頂だったのかもね。
残して行ったのかそこで力尽きたのか
その後彼がどうなったのか知る術はもうないんだよなあ
その剣は実は朝せん半島で作られたものだった
と言いだす連中が日本には大勢巣食ってるから
気を付けないとな
このエピソードと星を継ぐものを結びつける海外ニキは博識あるなあと思いました(こなみ)
役行者は、流刑先の伊豆大島から、毎晩海上を歩いて富士山に登りに行ってたらしいからな
奈良時代の修験者もそれくらいはするだろう
剱岳での遭難転落での事故死が半世紀以上前ならよく報道されていた。夏山でもここを登頂しようとも思わなかった。この山の険しさと脆さを知らない者が適当なコメントを言っているが、死と隣り合わせの山だ。
ルートも定まらない時代に、カニのタテバイ&ヨコバイを常設の鎖無しで往復とかスゴすぎ
>剱岳から古代の剣が持ち出され、
>その115年に九尾の狐の石が砕ける…。
>日本で何が起きてるんだ?
何も起きてないよ。強いて言えば解き放たれた九尾は現代日本で自分を扱ったたくさんの物語や作品があるのを知って、その大部分で自分がえっちな目にあうのを知って驚いただけだよ
最初はケラケラわらっていたけど、自分に向けられた男たちの膨大な欲望、情念を感じて、今では「オトココワイオトココワイ…」って引きこもっちゃったよ
でもそんなものが残っているということは完登したものの持ち帰れなかった…つまり…
緑山は日本最難関の独立峰なんだよな。
ただし・・・ その登頂者はそれを持ち帰ることが無かった・・・
まあ、当時は崩落も進んで無くて結構イージーな山だったのかもな。
映画見たよ
明治の肋骨服の軍人さん目当てで見たら、そんなに出てこなかったw
でも面白かったよ
修験者とかだったら、帰ることが前提の現在のスポーツ登山とは違って、それこそ異次元の覚悟だったと思う。
外国人のコメントにある疑問やツッコミは「点の記」見ればほぼ解答があるな
富山で治水のために働いてた技師のデ・レーケは「ここの川は川ではない、滝だ」って言うくらい海抜ゼロから3000メートル級に上がるから
緩やかに上がっていく広大な大陸の山とは感覚が違うんだろうね
福山の竜馬伝でも剣が..
ここから月風魔伝がはじまったのであった
ホーガンの星を継ぐものを一作目とした巨人シリーズは傑作やったわ