今回は、第一次世界大戦後に1000人を超えるトルコ人捕虜を救った、
津村ユウキチ中佐の話題からになります。
第一次世界大戦中、数万人のトルコ兵が当時のロシアの捕虜となり、
一部の人たちがウラジオストクの収容所に送られました。
その後1918年にウラジオストクを占領した日本側に移送されると、
1921年には1018人のトルコ兵と12人の日本人妻が、
日本の輸送船、平明丸でオスマン帝国に送り届けられることになります。
しかし、イスタンブール到着直前に、平明丸はギリシャ軍により拿捕。
ギリシャ軍からトルコの兵士を引き渡すよう求められますが、
司令官の津村中佐がそれを拒否した為、平明丸は長期間抑留されてしまいます。
食料が不足し、病気で犠牲者が出る中でも中佐や日本人の乗組員は折れず、
トルコ兵たちと共にギリシャ軍に対して抵抗を続けました。
その後イタリアが仲介に入り、イタリアがトルコ兵を引き取ることに。
津村中佐をはじめとする日本人の乗組員とはそこで別れましたが、
1000人を超えるトルコ兵は、翌年無事祖国に帰還しています。
これまで津村中佐たちの話はトルコでも殆ど知られていなかったのですが、
昨年にトルコでドキュメンタリー作品が製作され、
さらに演説の中でエルドアン大統領が言及したことで脚光を浴び、
今月18日にはイスタンブールの通りに津村中佐の名前がつけられています。
「再発見」された日本とトルコの友情秘話に、
現地の人々からは感動の声が寄せられています。
その一部をご紹介しますので、ごらんください。
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