今回は、今週になって複数のユダヤ系のサイトが取り上げている、
杉原千畝氏の功績にスポットを当てた投稿からです。
杉原氏は第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館に赴任しており、
ドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人に対し日本通過ビザを発給。
一日18時間以上、手が痙攣するまでビザを書き続け、
領事館の閉鎖によりリトアニアを去らなければならなかった日には、
電車の中でも最後の最後までビザを書いて手渡し、
その結果、多くのユダヤ系難民の命を救いました。
杉原ビザに救済されたユダヤ人の多くはその後、
福井県の敦賀を中心に日本の各地に移っており、
その人数に関する公的な記録は空襲で消失し残っていませんが、
当時の新聞は4000人から6000人ほどだと伝えています。
杉原氏が発給したビザによって命を救われた難民の子孫の数は、
現在世界中に8万人に上ると考えられているそうですが、
その偉大な功績に、ユダヤ系の人々から感謝の声が殺到していました。